10/24(月)、六本木ヒルズTOHOシネマズ・スクリーン2での『近松物語』(監督:溝口健二)ニュープリント版上映に先立ち、香川京子さんのFIAF賞の授賞式が行われました。FIAF賞とは、国際フィルム・アーカイブ連盟が映画遺産の保存活動に貢献した人物に贈る賞。香川さんは日本人初、アジアの女優としても初の受賞となりました。
『近松物語』の2分間のハイライト映像上映に続き、メグ・ラブラムFIAF事務総長ん、東京国立近代美術館フィルムセンターの岡島尚志主幹、東京国際映画祭の依田チェアマン、そして香川京子さんがスクリーン前に登場。まず、ラブラムさんがFIAFの活動意義やFIAF賞の選定条件、これまでの受賞者などを述べました。2001年に設けられたFIAF賞の最初の受賞者はマーティン・スコセージ。その後、ホウ・シャオシェンやイングマール・ベルイマン、マイク・リーなど錚々たる名前が挙げられました。そして「FIAF事務総長という立場は別にして、一人の映画ファンとして、香川さんのファンとして、こうして一緒に登壇できることをとても嬉しく思っています」と、映画愛があふれる言葉で締めくくりました。
続いて岡島さんが「香川さんはこの10年間で約300点の資料をフィルムセンターに寄贈してくれました。そこには貴重なスナップ写真も多く含まれています。これらは香川さんが小津、溝口、成瀬、黒沢といった巨匠に愛されてきた証拠であり、日本映画黄金時代の記録です」と、その価値について言及しました。そして、「今回の受賞により香川さんが偉大な意志をもつ世界の映画人に列せられたと思います」とその功績をたたえました。
名前が刻まれた賞状と銀色のフィルム缶をトロフィーとして贈呈された香川さんは、「これまでに受賞された方の名前を聞いて、光栄と同時に、私がそこに肩を並べる資格があるのかと心配です」と、少々恐縮している様子。「私は自分がこんなに長く仕事をできるとは夢にも思いませんでした。長く仕事をするなかで、作品のスチール写真や、監督とのスナップ写真が残るようになり、私の歴史というよりも、日本の映画の歴史を知ってもらえたらという思いで、フィルムセンターにおあずけしました。10年で300点にもなったと聞き、驚いております」と、フィルムセンターに貴重な資料を寄贈した理由を述べました。
香川さんは先日、相模原にあるフィルムセンターの分館を訪れたそうです。「自然に囲まれた素敵な建物のなかに、たくさんのフィルムが棚に保管されている様子に圧倒されました。フィルムのタイトルラベルに書かれた『山椒大夫』や『しいのみ学園』といった文字を見て、これらのフィルムがここにあることがいじらしく、懐かしく、胸がいっぱいになりました。また、現像や編集のベテランのスタッフさんたちが、古いフィルムをチェックしている仕事も拝見しました。こういう方々のおかげで、昔の作品を観ることができ、感動を新たにできるのだと感じました。私に何ができるのかわかりませんが、これを機会に、映画の保存活動のお手伝いをしていきたいと思っております。本日はありがとうございました」と締めくくりました。
最後に依田チェアマンが「日本を代表する大女優の香川さんがFIAFを受賞するということは、映画業界的には、国民栄誉賞を授与されるくらい価値のあること」とぶちあげると、香川さんは目を丸くし、チャーミングに微笑みました。「日本の過去の作品をもっと認識して海外に発信することが大事だと思い、今回、香川さんが出演した9作品の上映プログラムを編成しました。第一線でますますご活躍ください。おめでとうございます」と、TIFFの使命と香川さんへの祝辞を述べ、授賞式は幕を閉じました。
授賞式後、TIFF MOVIEカフェにて受賞パーティーが開催されました。50人以上が一堂に会した空間で、まず祝辞を述べたのは東京国立近代美術館フィルムセンターの館長、加茂川幸夫さん。「大女優であり、映画文化人である香川京子さんがFIAF賞を受賞したことを、本当に嬉しく思っています。今回の受賞を機に、フィルム・アーカイブという我々の任務を、フロントランナーとして引っ張っていってくれることを願います」と期待を込めた祝辞を語りました。
『近松物語』を鑑賞してきたばかりの香川さんは、「一番つらくて、できなくて、苦しんだからこそ印象深い『近松物語』が、こうして新しく、きれいになったことに感謝します」とニュープリント版への思いを述べました。続く「『香川京子と巨匠たち』というタイトルで9本が上映されますが、私じゃないんです。監督の作品なんです。私はとにかく一生懸命ついていっただけ。こんなに幸せな女優はいないと、ただただ感謝の気持ちでいっぱいです」という言葉には、大きな拍手が浴びせられました。
乾杯の音頭ととったのは、『どん底』以降の全作品で黒澤明監督作品のスクリプターを務めた野上照代さん。映画界のゴッドマザーは、「黒澤映画に5本も出ている女優は他にいない。『近松物語』のあとに『どん底』だったから、黒澤監督は『溝口さんに鍛えられた俳優は楽でいい』とおっしゃっていました。成瀬監督も『素直で、女優らしくなくて、清潔さをもっている』と香川さんを褒めてらっしゃった」と、巨匠の言葉を借りて香川さんを賞賛。そして、持参したフィルムの切れ端を広げながら、「俳優はカメラの前で仕事は終わり。フィルムのことなんて知らない。でも、香川さんはフィルムの大切さを知っているから、フィルムセンターに自分の持っている資料を寄贈した」とトークパフォーマンスを繰り広げ、場内を沸かせました。
乾杯後の歓談タイムでは、正真正銘の大女優なのに、気取ったところがまったくなく、来場者と気さくに会話を交わし、記念撮影に応じる香川さんの姿が見られました。来場していた映画監督の山崎貴さんと池田千尋さんに、香川さんについて話を伺うことができました。
山崎「昔からファンだった香川さんに『BALLAD~名もなき恋のうた~』に出ていただけたことは無上の喜びです。しかも今日、『近松物語』を隣同士で鑑賞したんです。スクリーンの中にいる伝説の人が、自分の隣に座っているという状況に『いや~贅沢だな~!』と感動しました。こんな体験、初めてです」
池田「『東南角部屋二階の女』に出てくださって以来、私のことを孫みたいに可愛がってくださる香川さんは、私にとって特別で、大切な方です。明らかに特別な方なのに、普通であることを忘れずに地に足を付けて生活を送ってらっしゃる。でも、スクリーンの中では明らかに普通じゃない。素晴らしい女優さんだと思います」
山崎「香川さんには清潔感や品、インテリジェンスが常に漂っている。女優さんはともするとちやほやされて、偉くなってしまっても仕方がないと思うんです。でも、香川さんにはまったくそういうところがない。思慮深くて、流されず、自分の意志があるところがすごく魅力的です。FIAF賞受賞の理由である映画資料の寄贈に関しても、自分にとって大切な思い出を、寄贈することで絶対に多くの人に役に立つことがわかってらっしゃるんですよね。なかなかできないことだと思います」
最後に、香川さんへのメッセージをお願いしたところ、2人で口を揃えて「また一緒に仕事がしたいです!」との即答がありました。香川さんについて話すお二人がなんとも楽しそうで、香川さんは巨匠だけでなく若い世代の監督からも愛されていることが伝わってきました。
第24回東京国際映画祭では東京国立近代美術館フィルムセンターとの共催で、香川京子特集上映「香川京子と巨匠たち」が開催しています。日本を代表する巨匠たちに愛され続ける名女優、香川京子さんが出演した『東京物語』(監督:小津安二郎)のデジタルリマスター版や、『どん底』(監督:黒澤明)、『驟雨』(監督:成瀬巳喜男)など、9作品を上映中です。
また、映画祭終了後も、東京国立近代美術館フィルムセンターでは香川さんの出演作約50本の連続上映と香川さん本人より寄贈を受けた写真アルバムや初々しいポートレート、出演作に関わった錚々たる映画人の旧蔵資料などを通して映画女優としての輝かしい足跡をたどります。詳細はフィルムセンターのホームページでご確認ください。