10月25日(火)、コンペティション『より良き人生』の上映後、セドリック・カーン監督が登壇し、Q&Aが行われました。
司会は矢田部吉彦プログラミング・ディレクターです(以下:矢田部PD)。
矢田部PD:東京は初めてではないと思いますが、最初に一言いただけますでしょうか。
セドリック・カーン監督(以下:カーン監督):私は前から本当に東京に来るのが好きなんですけれども、今回もうれしく思っております。このように映画を紹介しに東京に来るのは、今回が5回目です。とりわけうれしいのは、この映画がまだ2度目の紹介で、1回目がわずか3週間前のトロント映画祭です。フランスではこの映画はまだ公開されておりません。この映画自体が仕上がったばかりですので、観客の皆さんの反応を楽しみにしてまいりました。
Q:監督は作品ごとにテーマが変わってきますけれども、今回経済的に困窮した青年、そして彼が立ち直る話、このテーマを描こうと思った理由は何だったのでしょう。
カーン監督:今回は、私が仕事のセカンドステップとして社会的な問題などを描きたいなと思って、このようなテーマにしました。人が世の中を生きながら立ち向かっていく困難を描こうと思いました。今までの作品では、どちらかと言えば人物とその人の生き方というものを作品にしておりましたが、今回は社会的なものを映そうと思いました。今回、映画の中で二つ重要なテーマが組み込まれております。まず一つめが、カップルが人生を変えたい、より良いほうにいきたいというお話です。そして、もう一つが映画の中の男性と子供の話で、養子縁組ではないんですけれども、予期せずそういった父子関係になってしまった話でもあります。結局はこの子供のおかげで彼が今の状況を乗り越えていけるという重要な関係になっております。
Q:現実は映画のようにうまくいかないと思いますが、監督が好きな人に嫌な感情を抱いたり、怒りを感じたりしたときにはどうしているのですか。
カーン監督:いかなる恋愛関係の中でもそういう難しい時というのはあると思います。方法は二つだけありまして、一つめはその二人の間の問題よりも愛のほうが大きいと信じること、二つめが別れること。今回の映画の話に戻りますけれども、今回の映画のカップルは、恋愛感情というか愛情はお互いにはすごく強いんですね。ただ、お金の問題についてこの先どうするかということで二人の考えが食い違ってしまったがために崩壊してしまったということですので、お互いの愛情に何か問題が出たのではなくて、金銭問題が絡んできて崩れてしまったということです。今回は愛のほうが強かった、それだけは私のほうから申し上げます。いずれにしてもカップルというのは同じ方向を見ていることが重要ですね。
Q:今回この映画を見せていただいて、一種の疑似家族ものだと思ったんですけれども、この映画を見てみると、青年と子供の関係は全然血縁がないけれども、だんだん情が移っていくという感覚で、監督はこの疑似家族という関係をどのようにお考えかということを伺いできれば幸いです。
カーン監督:一般的によくある話だと思うんですけれども、国際的に離婚というのも結構ありますのでこのようなシチュエーションも生まれるかとは思います。私の知り合いの中でも、自分自身の血縁関係のある子供よりも、自分の新しい連れ子と一緒に過ごす時間の方が長いという人も知っております。時にそのような義父と新しい養子縁組もしくはその新しい連れ子とより強い絆が強まるということももちろんあると思います。そういった場合に、その母親と結局別れてしまった場合はその子供とも別れければなりませんので、その父にも、子供にも新たな別れというのは非常に苦痛を伴います。でも今回のこの映画の中のシチュエーションが共感を呼べると思うのは、このように血縁関係にない父と子でも、このように強い絆が結べるということです。もちろん義務的に面倒を見なきゃっていうことじゃないんですが、愛情が強く、こんな感じの関係もあるというのがご覧いただけたのではと思います。
Q:すごく感動しました。ありがとうございます。僕は今大学で映像を学んでいて、将来映画監督になろうと思っているんですけれども。監督が作品を作る中で、常に意識していることとか大事なことがあれば教えてほしいのと、もうひとつ映画監督になって損したこととかあれば教えていただきたいと思います。
カーン監督:じゃあ一つ目の質問から、簡潔ですけれども、映画を作るときはすべてのことに注意をしております。フランス語の「牛乳を火にかけた時のように」という表現で、だから注意して見守っているということですね。常に各段階各瞬間とも自分がこういったアイデアで、こういったビジョンがあったというのを忘れることなくキチンキチンと、ステップステップ全て注意深くしていかなければいけないです。映画が面白いのは映画を撮り終わったときに初めて、自分ではこういうつもりで撮ったんだけども、こういった理由もあってこの映画を撮ったんだと、まあ例えばこのようにお客様がご覧下さって、反応があったことによって、自分では気づいていなかった、あ、そうかこういう理由があってこの映画を撮ったんだって、そういった新たな発見もあります。
今回の映画はまだ完成して間もないのでそのような発見はまだありません。こういった発見をするのは、ほかの国でもツアーをし終えた段階だと思います。だけどこのような映画を撮り終えた後に、新たな発見があるというのがすごくミステリーでもあり、無意識の中であることなので、すごく面白いと思いまして、そういったことが次にも新しい映画を撮り続けたいという活力になっています。
2つ目のご質問ですが、映画監督になったことによって後悔するとか、不都合だったこととかは一切ありません。私は全く後悔しておりません。この職業というのは、本当に情熱的にできる面白い職業です。ただしものすごく力ですとかエネルギーとか強い意志が必要で、時にはすごい孤独で辛いときもあるんですけど、それだけのエネルギーが必要な仕事ではあります。時には、映画作りにのめりこみ過ぎて、ちょっと家族生活とか日常生活からちょっと離れてしまったりとか、ちょっとこう不都合が生まれてしまう点もあります。そのようにとり憑かれてのめりこんでしまうというのが唯一の危険性ですけど、自分は全く後悔しておりませんし、楽しんでおります。
Q:ラストシーンをなぜこのようにしたのでしょうか。監督の中でその後のストーリーが考えられていたなら教えてください。
カーン監督:今回映画の中で考えていたのは、最終的に家族一緒に暮せるようになるというふうにすることです。お金の問題というのは発生しましたけれども、それよりもっと重要なことは、お金は少ないけれども愛する人と一緒に暮らせるということだということを作品で描いています。
Q:気になったことがあります。(作品中)カナダに行くための資金は結局、男の人を襲って手に入れたというシーンについてなのですがこれは事業自得なのかなという気もしますし、でも社会的にはよくないことだなと思うところで、いいような悪いような気持ちが残りました。その点について監督はどのようにお考えをお持ちでしょうか。
カーン監督:私にとって彼は、泥棒からまた泥棒に仕返しをしたということです。 彼が攻撃をしたもう一人なんですけれども、彼は主人公の弱みにつけこんでなるべく低い料金でレストランを買って自分は儲けているという弱者につけこんだ悪い人ですので、主人公のほうはあれ以外に選択肢がなく、自分も過酷な世界で戦っていかなければいけないので、同じ手段で戦い返したということになります。わたしとしては問題ない描き方だと思っています。
そして彼があの時奪ったお金ですけれども、貧しい人から家賃をせしめているという悪いことをして集めたお金なのですから、主人公の彼は自分の個人的な状況を一時的に乗り越えたところでもあり、ある種の正義を行ったともいえます。
Q:監督がこの映画に込められたメッセージを教えてください。
カーン監督:先ほど言ったことと被りますが、自由に生きること、負債がないこと、たとえお金が少なくても愛する人と一緒にいられるということが重要だということです。そして宿命をそのまま受け止めないで戦うということの重要性です。
矢田部PD:最後に力強いメッセージをいただきました。今日は若いお客さんもたくさんお越しいただいていますね。監督からは勇気をもらえたような気がします。これでQ&Aを終了します。ありがとうございました。
より良き人生