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2011.10.29
[インタビュー]
【公式インタビュー】 アジアの風 『クリスマス・イブ』

【公式インタビュー】アジアの風『クリスマス・イブ』

 

ジェフリー・ジェトゥリアン監督
クリスマスイブ

©2011 TIFF

 

若い人たちと一緒に、フィリピン映画界を盛り上げたいという思い

 

 

“フィリピン最前線~シネマラヤの熱い風”と題されたアジアの風部門の特集に「ジェフリー・ジェトゥリアン監督の新作がラインナップされている」というニュースは、一部のアジア映画ファンには軽い驚きをもって受けとめられたといっていいだろう。

 

2005年のアジア海洋映画祭イン幕張で日本初上映され、同年のTIFFでも公式上映されたラヴロマンスの佳作、『もう一度』(04)でその名を(日本で)知らしめたジェトゥリアン監督は、娯楽映画業界にありながら「国際映画祭レベルの作品を仕立て上げる」手練れの監督として評価されていたのだが、その彼がなぜ若手インディーズの登竜門といわれるシネマラヤに (実際はベテラン監督を対象にした“ディレクターズ・ショーケース”部門への参加ではあったのだが)? と。現在もなお進化し続ける、御年52歳の大物監督にお話しをうかがった。

 

――まずは、映画界入りの経緯をお聞かせください。

 

ジェフリー・ジェトゥリアン監督(以下、ジェトゥリアン監督):多くの映画監督と同様に、私も小さい頃からの映画ファンでした。70~80年代はフィリピン映画もいい時代でしたから、リノ・ブロッカやイシュマエル・ベルナール、マイク・デ・レオンといった巨匠監督の映画をよく観に行ったものです。その後、フィリピン大学に進学した私は、最初は建築学を専攻したのですが、卒業間際になってようやく「自分は建築家には向いていない」ことを悟りまして(苦笑)、ブロードキャストコミュニケーション学科に転籍しました。当時はまだ、フィルム代等のコストの問題もあって、大学に映画学科がなかったものですから、比較的「映画に近い」と思われる学部を選択したわけです。そこでの在学中に、マリルー・ディアス=アバヤ監督作品のプロダクション・アシスタントを務めることになりまして、以後、現場でのキャリアを重ねていったという次第です。

 

――建築学の勉強が、映画業界で役だったことはありますか?

 

ジェトゥリアン監督:実は結構あるんですよ。映画監督としては、美的センスであるとか、ストーリーテリングのバランス感覚とか。そういったものは建築学科で養われたものが影響していますし、もっと直接的には、監督になる前にプロダクション・デザイナーを経験したこともあります。

 

――そして『Sana pag-ibig na』(98)で満を持しての監督デビューとなるわけですが、続く『Pila-balde』(99)ではアナ・カプリ、『Tuhog』(01)ではイナ・レイムンド、『Bridal Shower』(04)ではフランシーン・プリエト、『もう一度』ではアラ・ミナと、いわゆるセクシー女優を主演に起用し、かつ「たんなるセクシー要員ではない」重要なキャラクターを与え、新たな魅力を引き出すことに成功しているのが印象的です。

 

ジェトゥリアン監督:その理由は、まず第一に「セクシー女優を出した方が映画が売れる」というプロデューサーからの要請があったからなのですが(笑)、具体的には監督第3作の『Tuhog』を例にしてご説明しましょう。

『Tuhog』は「フィリピンでSEXムービーを制作する人々を描いた」風刺劇で、劇中劇が登場する、二重構造の作品です。同作でイナ・レイムンドが演じるヒロインは「肉親にレイプされた」という過去を持つ女性で、彼女をモデルにしてSEXムービーがつくられることになります。

実際にフィリピンでは、このような「事実をいただいちゃった」映画が数多くつくられているのですが、その劇中劇でイナの役を演じるのが、これまたセクシー女優のクラウディア・コロネル。完成した映画を観たイナは、劇中でレイプされるクラウディアに自分の姿を重ねて、二重レイプのような苦痛を感じていく・・・という仕掛けです。本物のセクシー女優であるイナならではの、リアルな感情表現を期待してのキャスティングだったのですが、これは大成功でした。イナはGawad Urian Awards(※1977年にはじまった、フィリピンを代表する映画賞のひとつ)の主演女優賞にノミネートされ、現在では芝居のできる女優として一定の評価を得ています。

『Tuhog』の企画が立ち上がる前に、私はイナが出演した1本のSEXムービーを観ていました。その作品で彼女はバチェラーパーティーに呼ばれるストリッパーを演じていて、ラストカットは全裸の彼女のストップモーションでした。これを観た時、私はなぜか彼女が“消費”されていると感じてしまい、なんとか彼女と一緒に“作品”をつくれないかと思ったのです。これが『Tuhog』を制作した動機のひとつです。

 

――さて、商業映画監督として実績を残していったあなたが、『クブラドール』では一転、インディペンデントで映画を制作することになります。この理由は何だったのですか?

 

ジェトゥリアン監督:まず「ベット・コレクター(賭け金集金人)の3日間を描く」という題材がインディペンデント向きだったということですね。これまでのスタイルを一新し、よりリアルなドキュメンタリー風の映像をつくりあげていくことが。

 

――フィリピン映画界の不況が、あなたをインディペンデントの世界へ向かわせた、という側面はありませんか?

 

ジェトゥリアン監督:それも否定はできないですね。フィリピンでは、最盛期には年間300本程度の映画が量産されていたのですが、2002年にはそれが50本に減少してしまいました。現在はもうちょっと持ち直して、年間120本はつくられているようですが、それでも厳しい状況にあることに変わりありません。古いパターンの商業映画が飽和状態となり、観客が離れていってしまったんですね。そこで台頭してきたのが、シネマラヤに代表されるようなインディペンデント映画の数々だったのです。
クリスマスイブ
 

――『クブラドール』は、2006年のシネマラヤでオープニング作品に選ばれていますね。

 

ジェトゥリアン監督:映画制作時には、そんな予定は一切なかったんですけどね。幸せな巡り合わせだったと思います。それではじめて足を踏み入れたシネマラヤは、私にとってかなり刺激的な体験でした。シネマラヤの観客はとても若いです。彼らは、これまで語られてきたようなストーリーでは飽き足らず、全く新しい“物語”を求めています。私にはこれまでの実績がありますから、商業映画ベースのプロデューサーにアプローチをして新作をつくることができたのかもしれません。でも、あえてシネマラヤに今回の『クリスマス・イブ』をエントリーしたのは、若い人たちと一緒にフィリピン映画界を盛り上げたい! という思いが強くなったためです。いや、むしろ、私もこの“シネマラヤ”ムーヴメントの一部になって、彼らのエネルギーを吸収したかったということなのでしょう。

 

――『クリスマス・イブ』と同じく、今回のTIFFで上映されたシネマラヤ発の作品である『浄化槽の貴婦人』は、インディペンデント映画ながら、フィリピン国内で28日間、約50スクリーンでのロードショーを行ったと聞きます。いよいよ、シネマラヤの“風”が商業映画の世界にも吹きはじめたようですね。

 

ジェトゥリアン監督:ただ、ひとつだけ苦言を呈すると、これはフィリピン映画界全体の問題でもあるんですが、この国ではかつて多くの名作・傑作映画がつくられたにもかかわらず、それらの作品を観られる環境がほとんどないのですよ。ですから、シネマラヤに参加するような若手のフィルムメーカーたちは、欧米の作品を観て映画を学んでいるのです。フィリピン映画の黄金期を経験した身としては、これはとても残念なことです。

 

とは言いつつも、ジェトゥリアン監督の視線が、引き続きシネマラヤに向けられていることは明らかだ。2012年7月のシネマラヤでの上映を目指して現在準備中の新作は、2004年のアロヨ大統領の不正得票疑惑にインスパイアされた「ショッピングモールで万引きをした少年と、その罪をもみ消そうとする母親の物語」になる予定だという。

 

聞き手:杉山 亮一(映画ライター)

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