10/27(木) natural TIFF『失われた大地』の上映後、ミハル・ボガニム監督が登壇、Q&Aが行われました。ボガニム監督は脚本も担当されています。
©2011 TIFF
―― 今の日本人は、この作品で描かれている事柄を「外国で起きた過去の出来事」だとは捉えられません。この作品では、チェルノブイリの事故だけでなく、故郷を追われ故郷を失くしてしまう人間の話が大きなテーマになっていると思いました。
ミハル・ボガニム監督: 私もこの映画をぜひ日本の方に見ていただきたいと思いました。ちょうどこの作品を編集しているときに福島の原発の事故をテレビで見ていて、とても驚くとともに胸を痛めました。いま、日本とのつながりを強く感じています。
この作品では故郷を追われた人々を描いているのですが、災害自体よりも、故郷を追われたというトラウマの方が人々にとっては大きいのではないかと思います。
Q: とても美しい映画をありがとうございました。とても楽しみました。映画の最後に「~を偲んで」と出てきますが、この映画に関連しているのでしょうか?
ボガニム監督: 消防士を演じた俳優が、映画が完成した後のこの夏に亡くなったのです。彼はまだ28歳ととても若かったのですが、車の事故でした。将来が約束されている俳優だったので、とても残念に思います。
Q: どうしてこの映画を撮ったのですか?
ボガニム監督:後半の災害後のプリピアットの町の様子は、実際に現地で撮りました。プリピアットはチェルノブイリの作業員が住んでいる町です。現地で撮るという事は、私にとって非常に重要なことでした。初めてこの場所を訪れた時、強い衝撃を受けました。ドキュメンタリーの場合、現場で撮るということはよくありますが、フィクションでも現場で撮りたいと思いました。少年がお父さんを探しに行った家などの室内も、プリピアットで撮りました。
Q: 素晴らしい映画に出会う事ができ、嬉しく思っています。監督は今までドキュメンタリーを中心に撮ってきたと思うのですが、今回ドラマという形で表現したのはなぜですか?
ボガニム監督: 今までに作られたチェルノブイリのドキュメンタリーは、災害を説明するものや災害自体を見せるものであったと思います。私は災害そのものよりも人間を見せたいと思い、人々の目線から見たチェルノブイリを描くためにフィクションにしました。人間のその時の気持ちを主観的にお見せしたいと思いました。
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Q: 自然の映像が多く出てきますが、人間と自然の関係について監督がどう思われているのかお聞かせください。
ボガニム監督: まずこの映画では、非常に美しい町が破壊されたという事を描きたくて、最初に自然のシーンを入れました。事故の後、人間よりも動物の方が先に反応して逃げたんですね。人間は原発を造る知能はあったかもしれないけれど、自然の動物などの方が賢いという事をお見せしたかったのです。また、人間がプリピアットに戻るより先に自然が戻ってきたという、その力強さを見せたいと思いました。私は今村監督の広島の原爆を描いた『黒い雨』からも非常に影響を受けました。主人公の女性が病気になる一方で大きな魚が飛び跳ねている様子など、『黒い雨』のなかでも自然の力強さが描かれていると思います。
また、プリピエット市はウクライナの中でも非常に美しい場所なので、そこに原発が造られたというコントラストもお見せしたいと思いました。
Q: 主役を演じたオルガ・キュリレンコさん(『007慰めの報酬』のボンドガール)もウクライナ出身なのですよね。
ボガニム監督: 彼女はウクライナでも非常に有名な女優さんであり、ロシアやアメリカでも有名です。テレンス・マリックの次回作にも出演します。この映画は彼女にとっては非常に個人的な映画として出たいとおっしゃってくださいました。
Q: 後半に出てくる男の子の父親は、どのような意図で登場させたのですか?
ボガニム監督: 彼は共産主義者であり、原発に関わっていたエンジニアでもあります。このようなエンジニアは、事故の危険は知っているけれども人々には言えないというジレンマを抱えて、非常に苦しんだ人たちです。自分たちが伝えなかったせいで多くの人が亡くなってしまったという現実に耐えられずに、自殺をしてしまったり、頭がおかしくなってしまったりした人もいます。この1986年のチェルノブイリの事故当時はアメリカとソ連が冷戦中で、原発というのは力を象徴するものでした。しかし、この原発事故とともに、共産主義への信頼、そして共産主義自体が崩れたといっても過言ではないと思います。
失われた大地