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2011.10.31
[インタビュー]
【公式インタビュー】 コンペティション 『より良き人生』

公式インタビュー コンペティション 『より良き人生
 
セドリック・カーン監督
より良き人生

©2011 TIFF

 
人生というのは動いていくものであるから、その中で主人公も自由に動いて欲しい
 

『鉄道バー(Bar des rails)』(1991)で鮮烈なデビューを飾った1966年生まれのセドリック・カーン監督は、その後もモラヴィア原作で性描写が話題となった『倦怠』(1998)や、連続殺人鬼の激しく短い半生を描いた『ロベルト・スッコ』(2001)など問題作を次々に発表し、いまや現代フランスの重要な映画作家の一人である。新作『より良き人生』では、レバノン出身の恋人とその連れ子とささやかなレストランを経営することを夢見ながら、その元手の借金のために窮地に陥っていく主人公が、最後に希望を見出すまでを優しい眼差しとリアリスティックな筆致で描いている。
 
——この作品に『より良き人生』というタイトルをつけたのはなぜでしょうか。「より良い人生」を求めながら、主人公たちの生活は逆に「より悪く」なっていきます。
 
セドリック・カーン監督(以下、カーン監督):それが主人公たちの目標であり理想であり、映画のラストでやっとそれが掴めるかも知れないということで、そうしました。実は、タイトルには資本主義への批判も含まれています。資本主義のスローガンは「より良き人生を」というものです。より働けばより良い暮らしが得られるという前提なのですが、何かを夢見て、働いて、お金を借りて、より良い方向に行こうとしても、実際はあのように地獄を経験してしまうことがありますので。
 
——主人公が終盤で行う盗みについて、あなた自身は「泥棒から盗む(voler le voleur)」という言葉で表現していますね。
 
カーン監督:日常生活や社会制度の様々なレベルで、貧しい人がより搾取されているという現実があり、銀行の融資が貧しい人をより厳しい状況に追いやっている面があります。
 
——映画を製作をするには銀行とつき合わなければなりませんが、あなた自身は銀行屋に対して「この泥棒め」と思ったことはありますか(笑)。
 
カーン監督:お金と自分の間にはプロデューサーがいますから、私自身は直接、銀行とコンタクトがあるわけじゃありませんが、もちろん銀行は善意で仕事をしているわけではありません(笑)。銀行が映画製作に投資する場合、当然利益を期待していますので、映画製作者が何年も企画を練って、リスクもあるけれども映画を作ろうという時に、おいしい部分は銀行が全部持っていってしまいますので、なかなか厳しい状況です。
より良き人生

©2011 TIFF

 
——そういった社会システムに対するささやかな抵抗として主人公の行った「泥棒から盗む」という行為には感銘を受けました。
 
カーン監督:でも、観客の中には盗みをしてまで海外に行くのが気に入らなかった人もいるみたいですね。道徳観の違いでしょう。
 
——物語設定としては、あの高利貸は闇の仕事をしているので、主人公が彼から金を盗んでも警察には訴えられることはないということですか。
 
カーン監督:金を奪われた高利貸自身、闇で得たお金ですので、警察に訴えることはできないけれども、暴行されたと訴えることはできるでしょう。ただ、ああした人間は警察に行って自分の問題を解決することは絶対なくて、自分の手下を使って解決しようとするでしょう。主人公は公的な社会制度の中で生きて行けなくなって、パラレルなシステムといいますか、警察も法律も守ってくれないので、自分が生き延びるためにそうせざるを得なかったという状況です。
 
——物語の中盤で、子供が運動靴を万引きします。主人公は子供に向かって「うちには泥棒などいない」と叱るんですが、皮肉なことに最後は主人公自身が泥棒になってしまいます。しかしその盗みはあなたがおっしゃるように正当化され、必要不可欠なものです。
 
カーン監督:子供はまだ世の中のルールをわかっていませんから、お金がないとモノを買えないということは教えなければいけません。ただ大人である主人公はそういったルールはさておき、生き延びるために仕方がないということでそのような手段にでます。
 
——フランス語で「盗む」を意味する「voler」という言葉には、もう一つ「飛ぶ」という意味があります。ところで主人公がカナダに飛び立つためのきっかけが盗むという行為ですね。物語を考える上で、盗むことと飛ぶことがあなたの頭の中で結びついていたのでしょうか。あなたの前々作『チャーリーとパパの飛行機』(2004)でも、主人公は奪われた飛行機を軍の研究所から盗み返して空を飛びます。
 
カーン監督:そのふたつの意味の連関については全く意識していませんでした。「盗む」も「飛ぶ」も、私にとっては「自由」の観念と結びついていて、これらの行為によって主人公が「自由」を与えられるといったことがあります。しかしそのふたつが同じ言葉だと意識したことがありませんでした。
 
——「飛ぶ」ことについて印象的なのが、湖のほとりでラジコンのヘリを子供が飛ばすシーンが序盤にあります。子供がヘリを飛ばそうとすると何度も失敗して落ちてしまう。これが彼らのその後の成り行きを象徴しているように見えます。
 
カーン監督:フランス語には確かに、「夢がポシャる」という意味の「夢が水に落ちてしまう(Mon rêve tombe à l’eau)」という言い回しがあります。ただ、今回はそうした比喩として使ったわけではありません。あのシーンは元々のシナリオでは、川辺で筏を作っていたら流されてしまい、それを探しているうちにあの廃屋に辿り着くという設定だったのです。子供の遊びが大人の夢へと導くということです。
ただ、ロケ場所に相応しい川が見つかりませんでした。代わりに湖が見つかったのですが、湖では筏は流れていきませんから、どうしようかと迷った時に、それじゃあラジコンのヘリを飛ばして、それが落ちたところに偶然、廃屋が見つかるという設定にしようということでそうなりました。だから本当に偶然です。映画には偶然的な要素が多いのです。ただ単なる偶然なこともあるし、他方で無意識にそうしていることもあって、後でそれに気づくことはありますね。
より良き人生

©2011 TIFF

 
——あなたの以前の作品では、自動車が疾走するシーンが頻繁に出てきます。それぞれの主人公は破滅型の人間が多いですけれど(笑)、その破滅に向かって突き進むというイメージと自動車の疾走のイメージが重なってきます。ところが、本作では主人公が貧乏になってトレーラーハウスを手放すということもあり、彼らは自動車ではなく徒歩で移動するのですね。そうしたら最後にやはりスノーモービルが雪上を疾走するシーンが出てきたので、その一貫性に驚きました。
 
カーン監督:でも、彼らは飛行機で国外に逃げましたよね。確かに彼らは貧乏なので車で逃げるとかはありえません(笑)。「自由」と「運動」とは象徴的に重なるので、最後に彼らが「自由」になるというのでスノーモービルの運動が出てきます。人生というのは動いていくものであり、その中で主人公も動いて欲しいのです。とどまっていると主人公が生きている感じがしないので、人生が進んでいくことと運動とを象徴的に重ねるのは好きです。私の映画の登場人物は、死が常に意識の端にあるので、死ぬ前に濃密に生きたいという彼らの欲動が現われています。

 
——典型的なのが『ロベルト・スッコ』ですね。
 
カーン監督:まさに生きる欲動そのままですね。私の全ての映画にその欲動が共通していると思います。
 
——その欲動の象徴として自動車があるように感じたんです。
 
カーン監督:自動車というよりは運動ですね。それにセックスもあります。
 
——『チャーリー』以降、セックスや暴力の描写は控えめになりましたね。
 
カーン監督:もっとも「飛ぶ」というのはエロチックなものに通じるところがありますね。『ロベルト・スッコ』の中では殺人行為もエロチックな欲望なので、セックスシーンが表に出てこなくても何かしらそれに関連するものは存在しています。だからそこら中にセックスはあります。映画だけじゃなくて、現実でも死とセックスは結びついていますよね。
 
——あなたの作品の中で動いている物体が横移動で撮られることは非常に稀です。大抵の場合、前進移動か後退移動、あるいはパンであり、逆に本作のスノーモービルは横移動で捉えられることによって、背後に広がる何もない雪景色と相まって開放感を生み出していると思います。
 
カーン監督:映画のテーマ自体が自由の探求ですから。
 
——ところで、あなたが映画界に入ったきっかけは、モーリス・ピアラの『悪魔の陽の下に』(1987)の撮影現場でインターンとして働いたことです。ピアラはフランス的なものを代表する映画作家だと思うのですが、一方であなたの映画を見るとアメリカ映画がとてもお好きなんじゃないかという印象を受けます。つまりフランス映画的なものとアメリカ映画的なものと間であなたは仕事をなさっているように思えるのですが、ご自身ではどうお考えでしょうか。
 
カーン監督:「半分ピアラ、半分アメリカン」です(笑)。このフレーズが自分の仕事をうまく要約していると思います。今、あなたが言われたことは私の受けた影響を見事に言い当てています。
 
——あなたと同世代のフランスの映画作家で、アメリカ映画を好きだと公言する人は多いです。しかし彼らの作品を見ると、アメリカ映画から何かを学んだようにはとても思えません。しかし、あなたの映画を見るとアメリカ映画をよく研究されている印象を受けます。
 
カーン監督:私はアメリカ映画のエネルギーが大好きなのです。
 
——特に好きなアメリカの映画作家はいますか。例えば『チャーリー』を見ると、アルフレッド・ヒッチコックやスティーヴン・スピルバーグが好きだというのがわかります。
 
カーン監督:スピルバーグ、デヴィッド・リンチ、マーティン・スコセッシ、それに『狼たちの午後』(1975)のシドニー・ルメットが好きです。フランス映画はあまりにもインテリっぽく心理的すぎる感じがするので、あまり好きではありません。ただ一方で、フランス映画のリアリスティックな面は好きで、それに比べるとアメリカ映画というのはあまりにも理想化されすぎていて、現実離れしているふうに感じます。だから私にとって一番理想的な映画というのは、フランス映画のもつリアリティとアメリカ映画のエネルギー、バイタリティーが結びついたものだと考えます。
 
——つまり「半分ピアラ、半分アメリカン」ということですね。
 
カーン監督:私にとって、今でもピアラがフランスで最も偉大な映画作家です。彼だけは別格です。どう影響を受けているかというのは自分でも分析できないのですが、彼に対する敬意はとてもあります。もちろん彼の真似などできません。でも彼は何かしらのインスピレーションを私に与え続けてくれる存在です。
 
聞き手:葛生 賢(映画批評家)

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