公式インタビュー アジアの風 『嘆き』
モルテザ・ファルシャバフ監督(右)+シャドメ・ラスティンさん(プロデューサー/脚本/美術)(左)
現代において、人とのコミュニケーションがどれだけ大変なのかを表現したかった
キアロスタミ以降、独特の質の高さが保たれるイランから、また秀作が誕生した。聴覚障害を持つ夫婦が主人公で、喋れないふたりが手話で会話するシーンが映画の大半を占めるという、驚くべきロードムービーだ。斬新な手法で現代を炙り出した、新鋭モルテザ・ファルシャバフ監督と、プロデューサー/脚本/美術のシャドメ・ラスティンさんに話を伺った。
――非常に独創性に溢れた映画ですが、着想のきっかけは?
モルテザ・ファルシャバフ監督(以下、ファルシャバフ監督):5年前、大学卒業後にキアロスタミ監督のワークショップに参加しました。キアロスタミ監督はテーマだけを与え、我々はそれを元にストーリーを考え、映画を作るというようなものです。女性の仲間とふたりで、「風が好きな場所で吹く」というテーマで作ることになりましたが、どのように作ろうか頭を抱えていました。そんな時、兄と2人で車で北部に行きました。車の中で議論になってしまった時、ちょうどトンネルに入り、やはりコミュニケーションは顔を見てするものなので、話も途切れてしまいました。そんなところからアイディアが浮かび、18分の短編を作りました。キアロスタミ監督も非常に褒めてくれて、イランでいくつかの賞も取ったのです。監督に長編化を勧められ、ラスティン氏を紹介されたのが、この映画を作ったきっかけになります。
――その短編は、この映画の原型となるようなものだったのでしょうか。
ファルシャバフ監督:原型というよりは、ところどころ取り入れています。短編では車の中にいるのは夫婦だけなのを、本編では子供の存在を付け足し、必然的に会話も変わってきています。夫婦のキャラクターは同じですが。
――冒頭で、男と女の声が聞こえますが、暗闇で姿が見えません。今度は山岳の綺麗な風景なのですが、男と女の会話は字幕で表現され、声は聞こえません。非常に観客の想像を掻き立てる、限定性を使った上手い手法ですが、その辺りは構想段階からのものだったということですね。
ファルシャバフ監督:この映画は暗闇から始まって、暗闇で終わります。映像が全くないと、観客は様々なことを想像すると思います。「何が始まるのだろう?」と興味を持たせることができます。この映画はトンネルのシーンも多く、それらは会話もなく、観客に次のシーンに対する期待を持たせます。私はこの映画を作るにあたって、観る人それぞれ、その人なりにいろいろ考えてほしいというのがありました。
シャドメ・ラスティン:夫婦と子供、3人の車の中でのシーンは、字幕がないと映画が成り立たないですね。
ファルシャバフ監督:この映画は聴覚障害者を描いています。通常、映画は映像を観て、音を聞き理解するものだと思いますが、このシーンでは字幕を観ないと何が起こっているのか理解することができません。映画としては新しい試みなのではないかと思います。現代において、人とのコミュニケーションがどれだけ大変なのかを表現したかったのです。
――耳の聞こえない夫婦は実際にあのような障害のある方ですか?
ファルシャバフ監督:実際に耳の聞こえない夫婦です。会話もある程度、彼らの実際の会話に基づいています。彼らは「子供を持ったとしても、同じような障害を持つかもしれない」という恐れから、実際に映画の中でしたような喧嘩をして、仲が悪くなったりしていました。観客の心を動かせるのではないかと、プロではない彼らに演じてもらうことを選びました。自分たちに近い役を演じることによって、今までの人生が蘇ってきてしまうようなこともあったようですが。
――旅の途中で事故車に出くわし、それが道中ふたりが話していた子供の両親のものだということが分かります。終盤、せっかく直った車がまた故障しますが、それは子供が買ったコーラのせいだということに注意深い観客は気付きます。よくできた仕掛けが凝らされた作品ですが、脚本段階からのものでしょうか?
ファルシャバフ監督:私にとっては初めての長編映画です。どうしたらいいか分からない部分も多かった。まず、私自身が仲間とともにこの3役を演じ、ホームビデオで撮影しました。そしてその段階で様々な議論をし、脚本を作り上げていきました。なので、撮影時に脚本はほとんど変えていません。プロの俳優でないということもあり、演技上のアドリブは若干ありましたが。
――脚本、撮影、編集、それぞれどの位かかったのでしょうか。
ファルシャバフ監督:脚本段階で1年3ヶ月、撮影は44日間。撮影場所は2箇所あり、結構離れた場所にあったのです。編集は4ヵ月です。
――先日の釜山国際映画祭のニューカレント部門で最高賞を受賞されましたが、俳優さんたちは喜んだのでは?
ファルシャバフ監督:そうですね。同席はできなかったので、女優のシャラレーの携帯にすぐメールをしましたが、非常に喜んでいました。
聞き手:夏目深雪(批評・ライター)