公式インタビュー natural TIFF supported by TOYOTA
『ハッピー・ピープル タイガで暮らす一年』
ドミトリー・ワシュコフ監督
ヘルツォークは私と映画に対して、最後まで誠実を守ってくれました
ロシアのシベリア地方、タイガ(永久凍土帯の原生林)に赴き、人々の四季の暮らしを見つめたドキュメンタリー『ハッピー・ピープル タイガで暮らす一年』。
未開の大自然を舞台に追い求めてきたヴェルナー・ヘルツォークらしい新作、と思えるが、実はヘルツォークは撮影には参加していない。モスクワ出身のドミトリー・ワシュコフ監督に、タイガでの撮影と、ドイツの鬼才が共同監督とクレジットされた経緯について聞いた。
――驚異的で激しい風景が迫る映画という予想を覆されました。『ハッピー・ピープル』はむしろ、見た人に静かに問いかけてくるタイプの作品です。
ドミトリー・ワシュコフ監督(以下、ワシュコフ監督):それが私のねらいです。ダイナミックな激しさは、私にはあまり“しあわせな人々”の姿だとは思えませんから。この映画には、町外れの場所を辺境に見せるような作為は一切ありません。本当に大自然の真ん中で生きる人々の姿を、1年間そこに滞在して撮影したものです。
シベリアのタイガは木が枯れ、また育つことを何百年間も繰り返してきた悠久の時を刻む土地です。その時間の流れに沿い、最も良いタイミングや天候を待ちながら撮影しました。編集も最低限に留め、村に自分がいた順番通りになるよう心がけました。私が感じたものをそのまま観客に届けたかったからです。つまり、とてもオーソドックスな作品です。
――望んでいたシチュエーションは全て撮影できたのでしょうか。
ワシュコフ監督:撮れなかったものは幾つもあります。一例を挙げれば、ヘラジカ狩りです。主要な登場人物である猟師のゲネディが冬の森でヘラジカを追うのに、私とカメラマンは3日間同行して粘ったのですが撮影は叶いませんでした。犬がクロテンを捕まえる場面も、滞在中ではなく、同じ村を追撮に訪れた時のものです。それでも私は、望んでいた通りの作品が出来たと思っています。自然を相手にしたドキュメンタリーですから、目論見通りにいかなくて当然です。大自然に逆らわずにカメラを回した結果として、この映画があるのです。
――クレジットはヴェルナー・ヘルツォークとの共同監督です。その経緯は?
ワシュコフ監督:もともと『ハッピー・ピープル』は、ロシア省庁の資金援助を受けて作った、私の単独監督作です。タイガの四季を1本1時間弱ずつに構成した、約4時間のシリーズです。そのビデオを私の友人がロサンゼルスに持ち帰り、友人の自宅にたまたま遊びに来たのがヴェルナー・ヘルツォークでした。きっかけは全くの偶然です(笑)。そのヘルツォークが、4時間全部を見てとても気に入ってくれたのですよ。彼の方から私にコンタクトがあり、国際用に短縮版を作らないかと提案してくれました。そこから生まれたのが、今回出品した94分の国際版です。内容自体は同じですが、ヘルツォーク自身による英語ナレーションと、音楽が差し替えられています。
――映画から二重構造の印象を受けていたのですが、理由がよく理解できました。国際版はどのように製作されたのでしょうか。
ワシュコフ監督:ヘルツォークとは、彼のロシア人の奥様の助けを借りながらSkypeで話し合うことから始めました。彼がまず言ってくれた言葉は、「ドミトリー、これは君の映画だ。私に権利を主張する意志は全く無い」。著作権をとても尊重すると聞いていた通りの人物でしたね。「私は君の映画を海外に届ける代理人だ。私の知名度を利用してくれたらいい」とも言ってくれ、その約束を最後まで誠実に守ってくれました。
国際版は、編集もナレーションのテキストも基本的にヘルツォークによるものです。内容の変更は、欧米の観客に伝えやすくするための方向内に留めると互いに合意していました。具体的には、私の4時間版は人々の生活と行動を細かく説明する、文化記録的な側面が強いものです。ヘルツォークはナレーションを最小限に減らし、人々の声や現場音を多く活かしました。その判断に私も納得しています。ただ、差し替えられた音楽だけは少し疑問です。哀愁に満ちたメロディが、欧米から見たロシアのステレオタイプに近いためです。こと音楽に関しては4時間版のほうが良いと、正直な気持ちを打ち明けておきます(笑)。
――今回上映の国際版で強く前に出ているのは、猟師が凍った森の奥で犬とだけ暮らし孤独を好む姿です。タイガを自分だけの王国とする彼らは、まるでヘルツォークが描いてきた人物像の変奏のようです。この視点は、4時間版にもあるものですか?
ワシュコフ監督:4時間を90分余にする作業では多くの要素がオミットされ、同時に別の編集の流れが生まれます。今おっしゃった視点は、その過程で抽出されたものだと思います。逆に私の4時間版では、猟師と家族の絆に視点を寄せています。家族の存在なしにあのような生活は送れません。村で家族が待っているからこそ、猟師たちは孤独に耐えられるのです。
――自然とともに生き、その恵みを家族とともに享受する。それが監督の考える“しあわせな人々”でしょうか?
ワシュコフ監督:『ハッピー・ピープル』という題名には、普段はモスクワに住む私の憧憬の念が込められています。彼らが自分たちを幸福だと認めるかどうかは分かりません。しかし、都会では往々にして誰か、また何かのシステムに従う生活を強いられます。一方でタイガの人々が従うのは太陽、風、寒さといった自然です。彼らの生活は全て気まぐれな自然次第ですが、身につけた知恵や技術で対処し、他人の力に頼らず自給自足で生き抜くことができます。これは、誰かに従うよりもずっと幸福な生活だと言えるのではないでしょうか。
――監督は、ドキュメンタリー中心のキャリアを歩んできたのですか?
ワシュコフ監督:私はモスクワのボリス・シチューキン演劇大学卒業です。演技や舞台美術を専攻しましたが、そこで学んだのは、人工的な表現は性に合わないということでした(笑)。ペロストロイカ以降はコマーシャルの監督を中心に活動してきました。そのうち映像業界の釣り好きを集めてサークルを作るようになり、彼らとフィッシング番組を手掛けました。その仲間のひとりが、映画に登場するミカイル・タルコフスキーです。
――「著名な監督の親戚」と紹介される、アンドレイ・タルコフスキーの甥ですね。
ワシュコフ監督:約20年前にあの村に移住し、本を執筆しているミカイルは、実は『ハッピー・ピープル』の発案者です。しかし彼の構想は、猟師たちを辛く苛酷な土地で生きる悲哀に満ちた人々として描くものでした。私の方向性とは全く違ったため共同プロジェクトは解消しましたが、撮影には協力してくれています。
――シベリアでロケした黒澤明の『デルス・ウザーラ』は、何か参考になっていますか?
ワシュコフ監督:意識的に参考にした部分はありません。ただ私が昔聞いた話では、脚本の季節が夏から始まっていたら、クロサワは秋や冬からクランクインせず本当に夏が来るまで待ったそうですね。可能な限り季節通りの撮影と編集にこだわった私は、まさにその忍耐力と自然への態度を、無意識のうちにクロサワから学んでいたのだと思います。
聞き手:若木康輔(ライター)